かもめが翔んだ日、僕はまだ子供だった

ここ数日、渡辺真知子女史の「かもめが翔んだ日」が頭の中を走り回っています。こういうことはよくあることで、なるべく逆らわないように、鳴るにまかせて唄ったりしています。理由は多分あって、わすれているだけで、結構深刻な理由だったりもするときがありますが、理由が思い出せない場合は、それはそういうことだとあまり詮索はしません。

1978年のヒット曲で、わたしが26歳。姉がやっていたスナックで皿洗いをしはじめたころでしょうか。人生的には、社会にでて一段落(挫折か?)していたときです。姉の名前が真知子で、真知子つながりでファンになったお客様などがいて、この曲は覚えています。ベータのビデオデッキを購入して、一巻8千円のカセットテープにお気に入りの歌謡曲を録画したことなどついでに思い出してしまいました。

一般的に、男の27歳というのは節目のときといわれていますが、私の場合、1981年に独立して起業することになりますが、もちろんこの曲のヒットしたときに独立などは考えたこともなく、精神的には煮詰まっていたときですね。

煮詰まっていたといっても、今から考えれば、甘く甘く煮詰まっており、お汁粉状態だったでしょうか。学生時代の純情さが、そのまま歳をとってどうにもならなくなった状態になっており、そうですね、社会に適応できていなかったといおうか、社会を知らなかったというべきか、ま、簡単にいえば子供だったわけですね。

このころの自分に比べれば、今の若者はなかなかよいと思います。息子も娘もはるかによくできています。

話が脱線しまくっていますが、とりあえずyoutubeのリンクを張っておきましょう

 

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