プレ創世記について思いを馳せてみようか

神々と異星人の刻印という本を読んだのですが、これは今一つでしたね。この手では、やはり、フラワー・オブ・ライフ―古代神聖幾何学の秘密〈第1巻〉と、フラワー・オブ・ライフ―古代神聖幾何学の秘密〈第2巻〉が圧倒的と言おうか、すごい。

元々は、講義をビデオでまとめたものを書籍化したとのことで、youtubeで「Drunvalo Melchizedek」と検索すれば、あまたのビデオを見ることができます。

まあ、その手の雑誌「ムー」ファンには必読品ではないでしょうか。奇しくもムー 2013年 02月号は、惑星ニビル特集となっております。

ということで、今日は、シュメール楔形文字を解読したゼカリア・シッチンを、「フラワー・オブ・ライフ」の中で、著者ドランヴァロ メルキゼデクが、ガイドともいうべき「トート」(ある種の生命体)の話で補完した物語を紹介します。我々、人類の誕生までの話です。フラワー・オブ・ライフのほんの一部分ではありますが、長い話でもあります。

シッチンとシュメール

まずゼカリア・シッチンの研究から始めることにします。・・・。彼の主な著書は『ネフィリムとアヌンナキ―人類(ホモ・サピエンス)を創成した宇宙人 (超知ライブラリー)』(The 12th Planet)ですが、私は他の2冊、『失われた領域(原題 The Lost Realm)』と『創世記再来 Genesis Revisited』を(この順序で)お勧めします。彼は、ずっと存在を実証できる人がいなかったために長いこと神話だと思われてきた、バベル、アッカド、ウルクなどのキリスト教聖書に出てくる多くの都市について書いています。それらが現に実在していたという証拠はこれっぽっちもなかったのです。ところがついにーつの都市が発見され.それは次なる都市の発見につながり、そしてまた別の都市の発見へと連鎖的に導かれていきました。そうして結局、聖書に出てくるすべての都市を見つけ出したのです。

これらすべての古代都市はついこの120年ぐらいの間に発見され、しかもそのほとんどほ最近と言えることに注意してください。古代都市の層を掘り下げていったとき、何百年.何千年前まで過去に遡ってシュメールと地球の歴史をつづった円筒形の粘土版が、何干枚も発掘されたのです。シュメールの文字は楔形文字と呼ばれます。
私が話しているのは、なにもシツチンの解釈だけではありません。現在では楔形文字を判読できるようになっており、多くの研究者がこれらの文章を翻訳していくにつれて、私たちが真実だと思ってきた世界観は変化させられています。ジョン・アンソニー・ウエストのスフィンクスに関する研究が、現代の人類の歴史に対する考え方を変化させているのと同様です。

どうやってシュメール人がそんな情報を受げ取ったのかについては、あとでまた説明しましょう。シュメールの記録は今から5800年前まで遡、.この惑星で最古の文書ですが、それらは何十億年も昔にあったことを描写しており、特に45万年前より後のことに関してはきわめて詳細に記録されています。科学的知識によっても、トートの知識によっても、私たちの種はだいたい20万年前から存在しています。シッチンは、私たちはひょっとすると30万年前頃あるいはもっと昔から存在していたかもしれないと言っていますが、記録もトートもそうは言つていませんし、メルキゼデクたちもそうは言いません。私たちはここに20万年よりちょっと前くらいの頃からいましたが、今のサイクルやネフイリムよりもはるかずっと以前から地球には文明が存在していたのです。それは私たちが聞いたことのあるものやネフイリムを超越する、進化した文明でした。彼らは何も残さないで消え失せてしまいました。この本の終わりに達するまでには、なぜ何の痕跡も残さずに消えてしまったのかも、理解できるでしょう。それがこの惑星の過去です。ある意味では、それは私たちが誰であるのかということに関係しています。私たちはそれらすべての情報にアクセスすることが可能です。私たち一人ひとりの内部には、この情報が記録された一構成部分があります。それには簡単にアクセスできるのですが、ほとんどの人は単にそれに気がついていないだけです。
一般的に、歴史的な出来事についてはそれに関する最古の原典が一番重視されます.なぜなら、後になって書かれた記述よりも時間的に近いからです。エジプトのヒエログリフよりも古い幾何学的言語は例外の可能性もありますが、シュメールの楔形文字は人類が保持する最古の文字です。古代シュメール入は、私たちがいま知っている過去の歴史が正しいという確信ゆえに、非常に受け入れにくい歴史を語っています。物語はあらゆる面においてとんでもない代物なので、科学者たちはそれが真実に違いないと知ってはいても、今は受け入れるのが困難なようです。それは最古の記録なのです!もしこれほど突拍子もない内容でなかったら、そこまで古い原典に書かれているのですから、もっと早くにその通り受けとめていたはずです。
 もし仮に、古代シュメール人は頭がおかしくて、実際の知識なしに物語を作り上げていたのだとしたら、私たちの歴史的観点から見て彼らが知り得るはずのない、多くの自然に関する事実を知っていたこどを一体どうやって説明するというのでしょう。たとえば、すべての外惑星について知っていたのはドゴン族だけでなく、シュメール人も同様でしたー彼らの文明の始まりの時から知っていたはずです。
紀元前3800年ぐらいまで遡る、世界最古の文明として知られるシユメール文明は、外宇宙から太陽系に接近してくる時にどう見えるかを正確に描写していました。全部の外惑星を認識しており、あたかも太陽系の外側からやって来たかのように、外側から内側へと順番に数え上げているのです。ちょうどドゴン族が洞窟の壁画に描いたように、シュメール人はさまざまな惑星の相関的なサイズを、まるで宇宙空閲を旅しながら見てきたかのごとく、外観がどう見えるかや、水の存在,雲の色に及ぶまで描写しています。それらすべての体験が紀元前3800年に詳細に語られているのです! これが事実です。こんなことが一体どうして可能だったのでしょうか。それとも私たちの「始まり」には、まだあずかり知らぬ真実が存在しているというのでしょうか?

NASAが外惑星を越えてさらに外宇宙へと宇宙探査機を送り出すよりも前に、ゼカリア・シッチンはNASAにあてて、シュメール人による宇宙から見た全惑星に関する記述を送っていました。そして探査機が惑星の一つひと」つを通過するごとに送ってきた映像と.シュメール人の描写ば思った以上に完全に一致していました。もうーつの例を挙げましょう。シュメール人たちはその文明の始まりの時から、なんと歳差運動についても知っていたのです。地球が太陽のまわりを公転する軌道面がち23度傾いていることも、そのゆらぎ運動が一周するのに約2万5920年かかることも知っていました。さて、これは頭のかたい歴史学者には理解しにくいことです。地球の回転にゆらぎがあることを知るには、2160年間にわたって連日、夜空を観測し続げなければならないという知識がある科学者タイプの人は、特に頭をひねるでしょう。最短で2160年ですが、シュメール人はその文明の始まった最初の日からそれを知っていました。
一体彼らはどうやってそれを知ったのでしょう?一般的な考え方ではすぐに馴染めない、途方もない証拠がこれらの粘土版から見つかっています。私が学校で教わったところによれば、「創世記」(旧約聖書)は今から約3240年前である紀元前1250年頃にモーゼが書き記したというものでした。ずっとそのように本に書かれているのを読んできました。しかしシュメールの粘土版には、モーゼが生きていた時代より少なくとも2000年以上前に、聖書の第1章とほとんど一字一句たがわぬ言葉が書かれているのです。これらの粘土版には「創世記」に語られた出来事の全範囲が網羅され、アダムとイヴを含めて彼らの息子や娘たちの名前が全員列挙されています。これらのすべてはモーゼが受け取る以前に書き記されました。これは、モーゼが「創世記」の書き手ではなかったことを証明しています。もちろん、キリスト教社会にとって受け入れがたいのば明白ですが、それが真実なのです。地球の歴史として信じられてきたこととあまりにもかけ離れているために、この知識が現代の文明に浸透するのにこんなに長くかかっているのは確かによくわかります。しかし、何にせよこのモーゼに関する密かな、あるいは公然の真実も、真実の全貌からすればほんの一部分でしかありません。

ティアマト、そしてニビル

これらの例外的で信じがたい情報(もっと他にもあるのですが)よりもさらに詳しくシュメール人が知っていたのは、アダムとイヴ以前の人類の歴史の始まりについての物語です。彼らはずっとずっとはるか遠い昔まで遡った話をしています。物語は地球がまだとても若かった時代、何十億年も昔に始まります。そのころ、地球は「テイアマト」と呼ばれる大きな惑星で、火星と木星の間にあって太陽のまわりを公転していました。古代の地球は大きな月を持っていて、彼らの記述では、いつか未来においてその月は惑星になるとされていました。
その記録によれぱ、私たちの太陽系には、今でばぼんやりとしか認識されていない、もうーつの惑星がありました.バビロニア人はこの惑星を[マルドゥク」と呼んでいたので、この名前が一般的になりましたが、シュメール人には「ニビル」で通っていました。それは他の惑星よりも大きい、地球とは逆行して公転している巨大な惑星でした。その他の惑星はいずれにしても軌道面を一定方向にまわっていましたが、ニビルは違う方向へ動き、他の惑星に近づくとき火星と木星の軌道の上を通過するのでした(図3「8)。Fig3-8
シュメール人たちは、ニビルはこの太陽系を3600年ごとに通過し、それがやって来る時は一大事だったと語っています.そのあとニビルは外惑星からずっと離れたところまで遠ざかり、やがて視界から消え去るのです。

ときに、たぶんNASAはすでにこの惑星を発見しているでしょう。少なくともその可能性はかなり高いと言えます。NASAは2つの人工衛星によって、太陽から途方もなく離れたところに存在している惑星を見つけたのです。それは確かにそこに存在していて、シュメール人はそのことを何千年も昔から知っていたのです! そして記録によれば、運命がもたらしたある軌道上、ニビルはーつの惑星に近づきすぎて、その衛星のーつがテイアマト(私たちの地球)にぶつかり、その半分ほどを削り取っていきました-星を真っ二つに引き裂いたのです。シュメールの記録では、このテイアマトが砕けたとき.その大き塊のーつが大きな月と一緒に軌道からはじき飛ばされ、金星と火星の間の軌道に乗って、いま私たちが地球として知っているものになったというのです。他の塊は何百万個にも砕け散って、シュメールの記録では「打ち砕かれし腕輪」と呼ばれる、火星と木星の間にある小惑星帯のなりました。この記述は天文学者たちを驚嘆させました。肉眼では見られないのに、一体どうして小惑星帯のことを知っていたのでしよう?
これはシュメールの記録がどれほど過去まで遡うているかを示しています。記録は初期の出来事について書きつづり、ある時点でニビル(マルドゥク)についてさらなる話を語りはじめます.そこでは「ネフイリム」と呼ばれる、意識を持つ存在が住んでいたことに言及しています。
ネフィリムたちはとても背が高く、女性は約3~4メートル、そして男性は約4~5メートルもあったそうです。
彼らは不老不死ではありませんでしたが、その寿命は地球時間で約36万年ほどあったとシュメールの記録は伝えています。それから死を迎えたというわけです.

ニビルの大気の問題

シユメールの記録によれば、およそ43万年くらい(もしかすると45万年以上かもしれません)昔のこと、ネフイリムの惑星であるニビルに間題が発生しました。それは大気に関する問題で、私たちがいま直面しているオゾン層の間題と大変よく似ていました。そしてニビルの科学者たちは、地球の科学者たちと似たような解決策を考え出したのです。地球の科学者は太陽の破壊的な光線を濾過するために、粉塵の分子をオゾン層にばらまこうと考えたことがあります。ニビルの軌道は太陽から相当遠くまで離れていくので、熟をたくわえる必要がありました。それで彼らは、鏡のように光と熱を反射させるため、大気圏の上層部に金の粉をばらまくことにしたのでした。それを霧状にして惑星上空の空中に留めておくために、大量の金を採取することを計画しました。そう、彼らが現代にも見られる類の問題について話し合っていたのは本当です-古代人たちがETやこみ入った科学的なことについて語っていたのです。これは『スター・トレック』でもSFでもありません.本当にあったことです。彼らが言っていることはあまりにも驚愕に値するので、それゆえ一般大衆の知識に浸透するまでに、かなり時間がかかっているのです。

一見、当時の彼らは今の私たちどさほど変わらない発達をしているように見えますが、ネフイリムは宇宙旅行をすることができました。シュメールの記録には、ロケットのように後方へ火を噴いている空飛ぶ船が出てきまず。これがあまり高度ではないものの、宇宙旅行の始まりでした『事実、それらはあまりにも原始的なものだったので、地球とニビルの間を行き来するにはごの2つの惑星が接近する時を待たねばなりませんでした。いつでも好きな時に出発できたわけではなくて、近づくまで待たねばならなかったのです。ネフィリムは太陽系の外へは出られなかったところから、たぶん周辺の惑星を探査しつくして、その結果,地球に金が大量にあることを知ったのでしょう。それで彼らはたったーつの目的-金の採掘のために、あるチームを40万年前にここへ送ってきました。地球にやってきたネフイリムには、統率する12人のりーダーと、その下で実際の採掘にたずさわるものが600人、そして300人ほどが軌道上の母船に留まっていました。彼らはまず最初に現代のイラクに当たるところへ降りて、白分たちが落ち着ける場所を確保し、都市を建造しましたが、その場所で金を掘ったわけではありませんでした(図3-9)。金は、アフリカ南東のとある谷で掘っていたのです.
 12人のうちの一人、エンリルという名前の人が採掘の統率者でした。彼らは地中深く掘り下げてゆき、大量の金を掘り当てました。それから3600年ごとにニビルすなわちマルドゥクが接近してくるたびに、自分たちの故郷の惑星へ金をシャトルに乗せて運んだのです。それからニビルが再び軌道をめぐってやって来るまでの間、また掘り続サました。シユメールの記録によれば、それがだいたい10万年から15万年ぐらい続いたころに、ネフイリムの反乱が起きたと記されています。
私はシッチンのいう反乱の時期には同意していません。彼はシュメールの記録から直接それを得たわけではなく、彼がそうであるはずだと考えた計算の結果を言っ

ているからです。シッチンは、この反乱が起ぎたのは約30万年前だとしていますが、私はそれはおよそ20万年前に近かったと見ています。

ネフイリムの反乱と私たちの種の起源

30万年前から20万年前までのどこかで、ネフイリムの採掘者たちは反乱を起こしました。シュメールの記録は、この反乱についてたいそうな詳細を書きつけています。
労働者たちはリーダーに抵抗しました。もう金鉱を掘り続けるのが嫌になったのです。彼らが「我々は15万年も掘り続けているんだ。もう、うんざりだ。こんなことはもう金輪際するものか」と言っているのが想像できるようです。もし私だったら、きっとーカ月ぐらいしかもたないでしよう。
反乱によって問題点が明らかになったために、12名のリーダーが集まって、どうするべきが決めることにしました。彼らはこの惑星にすぞに存在していたある姓名体から(私が理解したところによると)霊長類を選びました。そしてその霊長類の血液と粘土を混ぜ、ネフイリムの若い男性から得た精子をそれに混合しました。実際に粘土版には、化学薬品用のフラスコのように見える容器からもうーつのフラスコに何かを移し、この新しい生命体を創り出す様子が描かれています。この計画は、霊長類のDNAとネフイリム自身のDNAを使用して 当時の地球に存在した種よりもさらに進化した種を創り出し この新しい種をネフイリムの金の採掘のためだけに使えるようにするというものでした。
つまリシュメールのもともとの記録によれば、私たち人類は金を掘る奴隷として造られたことになります。それだけが私たちの存在目的だったのです。そしてネフイリムたちは、彼ら自身の惑星を救うのに必要な金を採掘しつくした後は、私たちの種を消滅させて出て行くつもりでした。私たちを生き延びさせようという意図は、はなから持っていなかったのです。さて、これを聞くと、たいていの人は「これは自分たちのことではない」と考えます。我々はそんな者であるにはあまりにも気高い存在だと思うわけです。しかし、地球で書き残された最古の記録がそれを事実としているのです。思い出してください.シュメール語は聖書やコーランなどよりもっとずっと古い、世界最古の言語として知られています。いまや聖書はシュメールの灰から生まれたと言ってもいいでしょう.
科学の世界で発見されたことは同じぐらいに興味深いものです。シュメールの記録で私たちが金の採掘をしたという、まさにその場所で、考古学者たちは金鉱を発見したのです。これらの古代の金鉱は10万年も前のものでした、本当にものすごいことは、ホモ・サピエンス(私たちです)がこれらの採掘場で金を掘っていた証拠が出たことです。人間の骨がそこで発見されました。これらの金鉱は少なくともおよそ10万年前のものと推定され、これらの金鉱内に人間がいた時代は2万年前まで遡れました.
さて、10万前に、私たち拡金なんか掘って一体何をしていたのでしょう? 金は柔らかい金属で、他のある種の金属のように使えるといった代物ではありません。

人々は一カ所に集められ、そこから外に出られないように、ここに留められたのです。そしてネフイリムにとって役立つまで充分に進化を遂げたとき.アフリカの採掘場などいろいろな場所へ、金の採掘その他の仕事に就くために移送されました。ですから私たちの起源である先祖はそのゴンドワナランド島で、約5万~7万年ほどかけて進化発達したことになります。
この地図を見てもらうと、それぞれの大陸がかつてどうーつにまとまっていたかがわかると思いますが、それはいま科学者たちが真実ではないかと推測しているところです。彼らはばらばらに分かれる前のこの大陸をゴンドワナランドと呼んでいます。その名は西アフリカの部族の創造神話からつけられたものです。そのあたりのいろいろな部族の創造神話を読むと、いかにして世界が創造されたかについてはそれぞれ異なる概念を持っていますが、すべてに共通する一条の芯があることに気がつきます。彼らはみな一様に、西方の、アフリカ西海岸沖のゴンドワナという名の島から来たと言っているのです。
たったーつの例外として、宇宙からやって来たと語るズールー族の例が知られている以外は、全部がこの話に一致しています。
シュメールの記録では、実際に人間をネフイリムの約3分のーの背たけだと描写しています。ネフイリムは私たちと比べて確実に巨人でした。記録を信じるのであれば、ネフイリムは身長が約3~5メートルもあったことになります。私には、シュメール人たちが嘘をつかねばならなかった理由が全然見つかりません。トートは、彼らは地球の巨人だと言いましたが、彼らが誰であるのか、それ以上は語りませんでした。聖書も同じことを言っています。ここに「創世記」の6章を揚げましょう(かっこ内は著者注)。

そして地上に人は増え始め、娘たちが生まれた。(「人が増え始め」というのは非常に重要な宣言です。これについては後述しまず)。神の息子たちが(「息子たち」と複数形になっているところに注目してください)人の娘たちを見、美しいと思った。そして彼ら(神の息子たち)は選んだものを妻として連れ去った。そして主はこう言われた、「彼らもまた肉体を持つがゆえに、わがス
ピリッツは常に人と共には在れぬ」(ということは主も肉体を持っていることを示唆しています)、しかし彼らは百と二十年を一生とす。当時もその後も地上には巨人たちがいた。神の息子たちが人の娘たちの間に降り立ち、娘たちが子供を得たとき、彼らはかつて古(いにしえ)の時に名を馳ぜたる者たちのように力強き者となった。

この聖書の部分についてば多くの解釈がなされてきました。しかし、シュメールの記録が語っていることを念頭に置きながら見ていくと、特に巨人たちが何と呼ばれていたか書き記されている古い版の聖書を見てみると、完全に異なった解釈に到達します。キリスト教の聖書にはシュメールの記録が残しているのとまったく同じ発音の「ネフイリム(Nephilim)」という言葉が書かれているのです。世界中には約900以上の版の聖書がありますが、そのほとんどが巨人について触れており、多くが彼らを「ネフイリム」と呼んでいるのです。

人類の創造ーシリウス人の役割

トートは、地球には巨人がいたと語りました。言及したのはそれだけです。巨人たちが一体どうやって、あるいはどこから来たのかということについては触れませんでした。私たちが創造されたとき、これらの巨人たちは私たちの母親になったと言いました。また7人が一緒になって、体を意識的に死なせ、まさに「創世記パターン」(これについては5章でお請しします)と同じように、お互いに重なりあった7つの意識の球の模様になったそうです。この融合は古代人たちが「フラワー・オブ・ライフ(生命の花)」と呼んだ青白い炎を創造し、この炎は地球の胎内に据えられました。

エジプト人たちはこの胎内をアメンテイのホールと呼び、それは3次元的には地下約1600キロメートルにありて、4次元的な通路で大ピラミッドともつながっています。アメンテイのホールの主な用途のーつは、新たな人種や種族を創り出すことです。その中にはフイボナッチの比率に基づいた、石のような材質で作られた部屋があります。部屋の真ん中には立方体があり、その上にはネフイリムが創造した炎があります。この炎は1.2~1.5メートルぐらいの高さで、幅は90センチほどあり、青白い光を放っています。この光は純粋なプラーナ、純粋な意識であり-私たちに人類という新たな進化の道を踏み出させるために創られた、惑星の「子宮」と言えるものです。

もし母親がいるのであれば、どこかに父親がいなけれぱならないとトートは言いました。そして、その父親の性質-父親の精子-はそのシステムや体の外部からやって来なげればなりませんでした。そこでネフイリムたちは彼らのフラスコを準備し、この新たな種族の閑発のために、別の遠い星、つまウシリウスBから外側へ3番目の惑星より助っ人たちが地球へやって来るのを待ちました。その種族には32名のメンバーがいて、16人の男性と16人の女性が結婚してーつの大きな家族にまとまっていました。彼らもネフイリムど同じ背たけをもつ巨人でした。ネフイリムは種として3次元の存在でしたが、シリウス人は種として4次元の存在でした。
32人みんながお互いに結婚しているというのは奇妙に聞こえるでしょう。地球では、私たちはみずからの太陽を反映して一夫一婦制の結婚をします。私たちの太陽は水素性太陽で、それはーつの陽子とーつの電子を持っています。私たちは水素の状態を再構成し、それゆえ一対一の結婚をするのです。もしあなたが2つの陽子と2つの電子を持つへリウム太陽、それに2つの中性子を持つ太陽といったところを訪れるなら、二人の男性と二人の女性が子供を創るために集まっているでしょう。シリウスBのような高度に進化した白色矮星で,年老いた太陽だった場合は、32(ゲルマニウム)のシステムになるのです。
シリウス人たちはここへやって来て、何をするのかを心得ていました。そこで直接アメンテイのホールへ入り、ピラミッドの炎のすぐ前に立ちました。彼らはすべての存在が光であることを知っており、思考と感情との関係もよく理解していました。それから、シリウス人たちは32個のローズクオーツの石板(幅約1・2~1・5メートル、長さ約5・5~6メートル、厚さ約76センチほどの)を創りました。それらは虚空から炎のまわりに創り出されたのです—まったく完全な無からでした。それから男女交互に炎の中心へ頭を向けて、炎を取り囲むようにそれらの石板の上に横たわりました。シリウス人は誕生を成就させるべく.ネフイリムの胎内の炎と融合したのです。
一方、3次元レベルでは、ネフイリム人の科学者らがいよいよ最初の人閥が誕生ずるプロセスとして、人工的に作り出した人間の卵子を7人のネフイリム女性の子宮内に植え付けました。人間のレベルでは、はじめの8つの細胞になるまでの基本的な過程は24時間以内に起こります。ところが惑星レベルの出産はまったく異なっていました。トートによれば、彼らは地球とともにこの新たな種を懐胎するために、そこに微動だにせず約2000年間も横たわっていなければならなかったのだそうです。そして2000年後、ついにアフリカ南方の西海岸沖、ゴンドワナランドに最初の人間が誕生したのでした。

「貨幣は生まれながらにして金である」といったのはマルクスだったろうか。人間が、金というものに貪欲なわけが、それでも究極のところよくわからなかったのだが、なんと、人類が金鉱労働者として創造されたのだとしたら、それもありなのかなと思った次第ではあります。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください