催眠術の神秘を読みました

催眠術の神秘は、しばらくかかって読んでいた本です。初心者用ですが、実務に沿った解説で、なかなか手ごたえがありました。その中で気になった箇所があったのでご紹介します。自己催眠法の説明、「内観精神統一法」と、「瞑想とトランス」についてです。

まずは、内観精神統一法について

内観精神統一法

深呼吸により心を落ち着かせリラックスすることができたなら、つぎには自分白身を見つめることにより精神を統一していく。まず目を閉じたままで自分の呼吸を数えていこう。
この呼吸は普通の呼吸でよいのだ。軽やかに楽な呼吸をしながら、呼吸を一つ、二つと数えてゆく。もちろん声に出す必要はまったくない。心の中で数えてゆけばよいのだ。
初心者は三十位がちょうどよい。あなたは自分の呼吸を数えることにより自分の呼吸に注意の集中が行われているのだ。目を閉じて単に瞑想しているだけでは雑念がつぎからつぎへ浮かび精神の統一はできないが、このように呼吸を数えてゆくことで、白然に呼吸に注意が集中し、雑念はわかなくなるものである。
瞑想つぎに鼻頭を両目で見るようにする。目を閉じているので見えるわけはないが鼻頭をじっと見つめるのだ。しばらく見つめていると眉と眉の間の少し上の辺りがファーとした気持ちになってくる。ファーとした気時ちになってきたならば、今度はそこに光った玉を思い浮かべる練習をする。

この光った玉がぼんやりとでも浮かんできたならば、あなたの自己催眠の第一歩は完全に成功したといえよう。ハッキリとした玉に見えなくてもよい。存在感があればそれでよいのだ。このときに人によって光の見え方がさまざまに異なるが、つぎの進め方について具体的に説明しよう。
 玉の周辺が定まらず拡散して見える人はできるだけ①のように玉を円に近くするように念じていくのだ。 また、②のように光がチカチカ星のように見える人も焦点を絞り、円になるように修行するのだ。
このようにして練習を積んでゆくと、ついには光の玉は太陽の如き輝きをもちハッキリと見えてくるようになるのだ。つぎに、レンズのピントを合わせるようにこの玉をあるいは大きくし、あるいは小さくしてゆくのである。それが自由自在にできるようになったなら、あなたの自己催眠の第二段階は終了したといえよう。
この第二段階が白由にできるようになると軽い紳経症なら完全に治ってしまうのだ。

なぜそうなるのか

というと、そのためには瞑想とトランスについて知らなければならない。つぎに.これについて解説してみよう。

瞑想とトランス

瞑想1

ある人が目をつぶっているとする。第三者がこの人を見たとき、たんに目を

閉じているのか催眠状態にあるのかを判断することは大変に難しい。しかし、目を閉じている本人からみれば、瞑想している状態と催眠状態は明らかな違いがあるのである。

たとえば、瞑想状態にある方が菊の花を思い浮かべても、それはたんなる想像であり、目に見えるような形ではけっして姿を現わさない。 催眠状態、すなわちトランスに入ったときには、菊の花と言えばそれは現実感をもって目の前に現われるものなのである。一種の幻覚のようなものである。 この原理からみて、思い浮かべるものが現実感をもって現われてくる場合には、その状態はきわめて催眠状態に近いものということができるだろう。ショルツ博士の白律訓練法においても、その発想法は同じようなものなのである。 博士の場合には、催眠術にかかった人を統計的に調べ、催眠にかかった人の自覚症状を調査した結果、第一に腕が重い、第二に体が熱くなることを発見したのである。したがって博士は、自分で自分に催眠をかけるためには、逆に腕に重さを出し、体に暖かさを作れば催眠状態になると考え、この原理により自律訓練法を編み出したのである。しかし、この方法は第一段階の”腕が重い”のところでつまずいてしまい、なかなか実際にはうまくいかない場合が多い。つまり、それは注意集中というとごろに訓練の力点をおいていないので、催眠感受性の悪い人にはまるで役に立たないのである。

一応あとで、有名なるショルツ博士の自律訓練法は参考に挙げるが、私の考案した内観統一法による自己催眠のほうが数倍勝れていると自負している。事実、自律訓練で不成功に終わっても、この方法により数多くの人が救われている。自分がいま瞑想にいるのか、あるいはトランスなのかの大きな別れ道が、この方法で判断できるのだ。そしてこのトランス状態から、自己の身体に対し催眠をかけてゆくのが最も正しいやり方であると考える。

瞑想2自己催眠進化法

さて、以上で自分自身による催眠状態に入ることはできたわけであるが、つぎにはこの催眠状態を深めなければならない。 これには二つの方法がある。まず第一は、はっきりと丸い型をとって表われた光る玉をだんだんと大きくする方法である。玉が少しずつ大きくなり、ついには目の前いっぱいに広がり、自分の存在自体が光の中に包まれてしまうように練習することだ。光の玉が大きくなるにつれ、催眠が深まっていると思えばよいのだ。 第二の方法は、これと反対で丸い玉を少しずつ小さくし、小さい星のようにしてしまうことである。玉が小さくなるにつれて光の強さは増していかなければならない。この最終はパチンコの玉位の大きさとなる。(p87-p91)

 

 

以前、私がこのブログで書いた、瞑想体験についての記事によく似ています。参照してみてください。著者は、「瞑想とトランス」と二つの状態を比較しているのですが、私に言わせれば「黙想と瞑想」という風になるのでしょうか。著者が言っている、自己催眠の第一歩と第二段階は、チャクラを開く瞑想に対峙するもののようです。とはいっても、おそらく同じものではなく、脳下垂体を刺激した結果、同じように光とかを現出させることになっているのだと思いますが・・・。いまとなっては、桑田二郎氏のマンガに先に出会ってよかったと思います。著者は、(私と同じように)ショルツ博士よりも内観精神統一法がよいといってますが・・・。

まあ、いずれにしても、普通の意識とは違う’変容意識’を経験してみることは大事なことだと思います。

若干話が跳ぶが、憑依についての箇所があり興味深かったのでご紹介。

つきもの

自分に狐がついている、犬の霊がついている、死者の霊がついている、と真剣に信じている人がいる。心霊を唱える新興宗教の信者に多くみられる現象である。 また、夜中に布団の上に霊らしいものが現われ、胸の上にのしかかってくる。夜中に目が覚め、悪夢にうなされる。それが毎日のように続く。これらの現象に悩んでいる人は、意外に多くいるものであるが、この原因には三通りがあると思っている。
一っには精神病によるもの、っまり精神の混乱による幻覚症状、これらの人は一刻も早く精神科の診断を必要とする。
また一つには純粋たる心霊現象的なもの、エキソシストではないが、どうしても理論的に説明のつかない現象もあるのである。残る一つは自己暗示によるものと考えられる。
しかし、このような「つきもの」の原因を精神病によるものか、心霊的なものによるものか、あるいは自己暗示によるものかの判断はきわめてむずかしい。比較的精神病によるものははっきりと認識することができるが、心霊的なものか白己暗示によるものかの判断はじつにむずかしいといえるo
私は、このような悩みの人に対するときは一応精神病を除いては、自己暗示としてその悪い観念を取り払うつもりで施術するが、それは未知なるものがすべて合理でわりきる態度が好きではないからである。つまり、心霊を認めるというよりも、否定できないのである。
つぎに催眠術により、これらのつきものと思われる治療例を紹介しよう。地方から上京して八年、二十六歳になる男子で、仕事はセールスマンである。
彼は、仕事が終わリアパートに帰ると、だれもいないはずの彼の部屋に、人の気配がするという。そのアパートに移る前は会社の寮にずっといたが、アパートに移る、三ケ月ほどたった頃から、そのような感じにとりつかれたという。最初は気のせいだろうと思い、あまり気にしていなかったが、そのうち夜中に目が覚めるようになり、布団の上から何かで押さえつけられているような気がしていつも目が覚めるのである。それからは電気もつけっぱなしにして眠るようにしたところ、かなりよくなったが、ある日、恐ろしい夢にうなされ目を覚ましたところ、白い衣を着た中年の男が布団の上からおおいかぶさるようにして自分の顔を見ているのだ。そして、その人物はこのように言ったという。
「私はお前といっしょ、いつもお前といっしょなのだ。フフフ:…」
彼は全身、汗びっしょりになり朝まで一睡もできず、気になってノイローゼ気味となり家主のところへ行き、白分の体験を話し何か過去にこの部屋でおきたことはないかとしつこく間い詰めたところ、家主は、じつは三年前に中年の男の自殺があったが、神様のお払いをしてあるから心配いらないとのことであった。
その後、彼はいつもだれかが自分といっしょにいるような気がし、疲労困想して私のところへ現われたのだ。
この例はじつにむずかしい。なぜかというと、白殺者の心霊による場合もあり得るからである。しかし、私の判断は白己暗示によると決めてかかった。催眠誘導により、その模様を再現することにした。「あなたは悪夢を見てうなされたことが頭の中に思い出されてきました。あなたは寝ている。夜中だ。あなたはアパートの一室で寝ている……」
すると、彼は苦しそうにもがき始めた。
「胸が苦しい。だれかが私の上に乗っている。苦しい」
「あなたの上に乗っているのはだれですか」
「わから鞍い。わかりません」
「よく見てごらんなさい。それはあなたではないですか」
「……よく見えません。私かもわかりません」
「これから私が三つ数えると、はっきりと姿を現わします。それはあなた自身なのです」
「三…二…一、よく見なさい。だれなのですか」
「私です。もう一人の私がいます」
「そうでしょう。なぜ、あなたが、夜中にうなされたり、幽霊みたいなものが現われたかというと、寮生活から、アパートに移ったのがその原因なのです。あなたは寂しさから、自己暗示し、そのようなものを作りだしたのです。本当はあなたの心の影なのですよ。しかしきょうからは、その本当の原因がわかったので、あなたにそのようなことは起きません。夜はグッスリ眠り快適な朝を迎えることができます。それから、あなたの部屋で自殺した人は幽霊でも何でもないのです。人はいつか死ぬのですから、もし幽霊が出るのなら地球は幽霊だらけになってしまうことでしょう」

彼は一回の施術で完全に治ってしまった。しかし、私にb本当のところその理由はわからないが、このような例では催眠術が効果をあらわすのだ。私の場合は施術の時、もしものときを考え仏を念じ悪霊がつかぬように行うので、仏のカによるのかもしれない。「いずれでも、私の催眠はこのようなときでも効果を発揮する。

つぎに川越に住むN氏の例をあげる。この例は最初、奥さんから相談があった。
N氏は熊本から上京し三十年になり、駄菓子の販売をその仕事としているが、最近様子がどうもおかしいということである。私がよく事情を聞いてみると、ここ一年ぐらい、月明かりがきれいな夜になると、夜中の十二時ごろ裏庭にフラフラ出かけ二時間ぽど帰ってこないというのだ。はじめは気がつかなかったが、いつも膝のあたりに泥がついて帰ってくるのだ。本人にどうしたのと聞くと、月がきれいだから散歩しているのだと答えるのが常であった。しかし、その翌日はいつもぐったりと疲れ切ったように眠ってなかなか起きないという。奥さんは、女でもいるんじゃないかと私に相談し、それが悩みですと訴えた。
私はもしそうなら催眠術の分野ではないので、念のため、御主人をつけてみるよう言っておいた。しばらくするとその奥さんから電話があり、ひどく興奮した様子で、月夜の晩主人の出かけるのをつけていったところ裏山の畑の真中に座り込み、手を合唱し狐のようにぴょこぴょこ、一メートルも飛び跳ねている主人の姿を見てしまったという。びっくりして思わず「アッ」と声を出したところ、その様子に振り向いた主人の顔を見たら、目は狐のようにつりあがり、口が裂けているようで口もとからは涎が出ているようだったという。
一目散に家に逃げ帰り、布団にもぐってじっとしていると、何気ない顔で主人が帰ってきたという。奥さんはこれがウワサに聞いた狐つきではないかと言ってきたのだ。
私は御主人に来てもらい、催眠誘導し、月夜の晩であることをイメージさせたところ体が麗えだし、狭い私の部屋の中をぴょんぴょんと飛び跳ねだした。私は、つぎのように暗示した。
「お前は狐だな。随分元気がよいが、お前の乗り移っているNさんは、もうだいぶん体が疲れているようだ。それにしてはお前は元気がよい。こんな体のくたびれたNさんにはもったいない。だからNさんの体で暴れるだけ暴れたら、あそこの金魚に乗り移ってみろ、さぁ暴れろ」
と暗示するとNさんのピョンピョンはものすごくなり気が狂ったように暴れると、バタッと倒れ、失神してしまった。そこで
「あなたの体から狐は抜けてしまった。もうあなたにはいかなる霊もとりつくことはない、悪霊は去った」
と暗示した結果Nさんはすっかり元気になり、いまでは以前と同じ明るく楽しい毎日を送っている。金魚に狐の霊が乗り移り、跳ねて困るというようなことはいまでは一度もない。

憑依もさまざまで、狐に憑依されるとこまるが、高貴な人や神さまに憑依されると喜ばれることがある。人間とは実に勝手なものなのだ。

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